プロが教える退職活動の注意点

「退職を引き止められたので、辞退します!」 退職活動でよくあるケースにご注意

転職活動でようやく希望企業の内定となり、ホッと安心された後に退職活動で足元をすくわれてしまったケースが実は少なくありません。 転職活動は将来に対して前向きなコミュニケーションが多くなり、将来に対して希望を膨らませていくことができるかもしれません。 但し、退職活動は現職の職場や周囲の人間関係などの影響もあり、いざ退職しようとするときに、迷いが出てくることも多いようです。

今回は、偶然にも同じような経験、同じような希望を持った2人が、転職活動で異なる結論を出した事例を見てみましょう。この2人が、後にどのように変わったかをご紹介します。

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類似のご経験を持った2人

鈴木さん(仮名)は37歳の電気回路エンジニア。大学院卒業後13年間の経験を持ちます。メーカーに在籍し、主に家電向けの回路設計に従事してきました。 着実に業務を行い、経験を積んできましたが、特定の大手メーカー向けの受注プロジェクトがメインであることや、製品の市場として日本では開発が縮小していくような業界ではないかと懸念していました。
このままでは将来的にプロジェクトの受注も減った場合に、現在の開発部門が存続しないのではないかと考え、成長する業界で経験を活かせる企業を目指して転職活動を始めました。

高橋さん(仮名)は38歳の電源回路エンジニア。家電メーカーに大学卒業後15年在籍し、電源や基板回路の開発に従事してきました。
高橋さんの企業も同様に製品技術がコンシューマ化してきており、海外との競争で差別化の難しさや、日本での開発費縮小を懸念していました。 このため将来性のある企業に移ろうと転職活動を始めました。

2人は、これまでのキャリアも、これからのビジョンもよく似ていました。両者とも年齢相応にしっかりと実績を積んできており、向上心を持っていました。 筆者は2人それぞれの希望に見合うような企業を紹介し、2人とも希望していたキャリアパスを築くことが可能な企業から内定をもらうことができました。

「残ってくれないか」という言葉

2人とも、希望していた企業から内定をもらい、入社に向けての喜びと期待に胸を膨らませながら、現職の企業に退職を伝えることになりました。ところが、ここから2人の歩む道が分かれていきます。

鈴木さんは内定をもらってとても喜んでいましたが、同時に心配なことがありました。
鈴木さんの上司はとてもパワフルで、部下に対する厳しく叱ることが目立つ人でした。また、多忙なため落ち着いて話をする機会がなかなか持てないということもありました。

そのため、鈴木さんは退職の意向を伝えたら何かをいわれるのではないかという悩みと、話すタイミングを逸しており、なかなか退職を伝えられずにいました。

入社時期も近づいてしまうため、鈴木さんは何度も頭の中でシミュレーションをした上で、ようやく上司に退職を伝えることにしました。鈴木さんはいつものように怒られる覚悟をしていました。ところが、退職の気持ちを聞いた上司からは意外な言葉が発せられました。
「君にはとても期待していたんだ。とてもよくやってくれているから、査定を上げるつもりだ。今後、これから大きなプロジェクトも入ってくると思うから、うちの会社に残ってくれないか?
思いがけない言葉に、鈴木さんの気持ちが揺れていると、その様子を見た上司は続けて
「とにかく、また時間を作るから落ち着いて話そう。」
「……はい。」
話し合いから数日後、上司は海外出張で戻りが1週間かかるようで、転職先の入社日に対して、退職願いを出すには社内規定の期限が切迫してしまいます。
話し合い直後には上司から声をかけてもらい、気を使われているのを鈴木さんは感じました。会社や上司に対して、情がわいてきたことも否めません。 (自分って、意外と評価されていたのか……。退職届の社内規定も期限が厳しくなってしまったし、上司からそんなふうに思われているんだったら、辞めないでいようかな……)悩んだ末に鈴木さんが出した答えは「現職に残る」というものでした。 「現職で大きなプロジェクトも入り、査定も上げてもらえることになったので、内定を辞退します」

その気持ちを聞いた筆者は、現職に残ったときのリスクを伝えて再度、よく考えてもらいましたが、鈴木さんの現職に残るという強い思いは変わらず、内定を辞退することになりました。
強い決意を持って現職での業務に取り組むことにした鈴木さん。査定も少し上げてもらい、しばらくの間は新たな気持ちで仕事をしていましたが、伝えられていた大きなプロジェクトは海外ODMとなり、日本での開発が縮小となりました。時間が経ち、部署異動となった鈴木さん。異動先の上司には鈴木さんが退職を考えていたことが伝わっており、上司からは「俺の部署にいる間は退職なんてするなよな」
などと釘を刺されてしまいました。重要なプロジェクトを担当させてもらえず、信頼を受けているようには思えませんでした。
(こんなはずじゃなかったのに……)

2年後、鈴木さんは再び転職活動をすることになりましたが、ニーズの少ない製品で狭い開発経験であったことや、部署縮小などで昇格が滞ったこともあり、マネジメント経験も少ない状態でした。
このため、応募企業側からは年齢的に技術ではより高い親和性が求められ、さらにマネジメント経験も求められたため、以前希望したような企業からは選考見送りの通知が届き、思うような活動は進みませんでした。

揺るがない決意

高橋さんは、ニッチな業界で圧倒的にシェアを持っている企業の内定を得ました。異業界だったため、部下マネジメント無しのスタートでしたが、コア技術に親和性がある経験を認められ、給与条件としてはマネージャー相当となりました。また、この実績を積みながら、チームを引き継いでもらいたい案件であったため、高橋さんの希望にかなったものでした。高橋さんは内定をもらい、早速、現職の上司に退職の意向を伝えました。上司は最初のうちは話をはぐらかしていましたが、高橋さんの真剣な気持ちを知ると、今度は上司から何度も話し合いの席を設けられ、引き止められました。

そのたびに高橋さんは決定事項として気持ちが変わらないことを繰り返し、進行中のプロジェクトの引継ぎプランなど誠意を持って上司に伝えました。その結果、なんとか了承してもらえました。新しい企業では、前職の経験を活かしながら業務を行っている期間にしっかりと異なる業界知識を学び、半年後からは改善提案までできるようになりました。今ではマネージャーとして技術戦略から携わり、開発や海外拠点をコントロールする中心となっているようです。

3つの落とし穴

鈴木さんと高橋さんは2人とも、同じような経験や希望を持ち、内定をもらいましたが、それぞれの出した結論に鈴木さんだけが後悔をしています。
なぜ、このような結果になったのでしょうか?

筆者は、最終的に現職に留まる結論を出したこと自体が一番の要因であったとは思いません。むしろ、現職に留まることで成功となる場合もあると考えています。それでは、どこに失敗へとつながる落とし穴があったのでしょうか。筆者の考える答えは次の通りです。

1. 自分が希望するキャリアパスと現職で築けるキャリアパスとのギャップ
2. 不確定要素に対する過度な期待
3. 退職活動途中での中途半端な人情と行動

1. 自分が希望するキャリアパスと現職で築けるキャリアパスとのギャップ
鈴木さんは、転職活動の途中までは、希望するキャリアパスと現職で築けるキャリアパスとのギャップについて認識していました。現職では望んでいるキャリアパスがなかったからこそ、転職活動を始めたのです。
しかし、鈴木さんの決意を揺るがすポイントが、上司からの次の言葉でした。

2. 不確定要素に対する過度な期待
「今後、大きなプロジェクトも入ってくると思う」
鈴木さんは上司のこの言葉にこだわっていました。ただし、上司が鈴木さんにどのように話したのかを筆者が知ったのは、鈴木さんが2度目の転職活動を始めたときでした。当初、鈴木さんが筆者に伝えたのは、「大きなプロジェクトが入った」という言葉でした。
上司の言葉には確固たる根拠がなく、企業の直近のみの予測や希望でしかなかったのです。根拠やさらなる将来性が不明だったにもかかわらず、過度な期待によって、鈴木さんの頭の中ではあたかも断定的であるかのような表現にすり替わってしまったのです。

次の言葉にも考慮するべき点があります。
「査定を上げるつもりだ」
その査定で上がる給料はいくらなのでしょうか?
その値段は当初の希望や将来性を打ち消しても、余りある額でしょうか?
鈴木さんの場合は一時的な査定での給与アップだったため、その後の給与に結びつくことはありませんでした。

3. 退職活動途中での中途半端な人情と行動
最も危険なのが、退職活動中での中途半端な人情と行動です。誰しも、会社ではさまざまな人間関係を築いています。
退職時には現職の上司や同僚との別れが伴うため、気持ちが揺らぐことは少なくありません。

鈴木さんの場合は、上司から受けた次の言葉がきっかけでした。
「君にはとても期待していたんだ。とてもよくやってくれているから」
この言葉を聞いて、鈴木さんの心に、上司の気持ちに応えたいという思いが芽生えたようです。しかし、その後のキャリアに対する上司との意思疎通は十分とはいえませんでした。鈴木さんは、もしかしたら本当に期待されていたのかもしれません。しかし、上司に退職の気持ちを打ち明けた後、現職での結果は良い方向には向かいませんでした。
部署異動した先の上司に鈴木さんが退職しようとしていたことが伝わり、周囲から鈴木さんへの不信感が生まれ、重要なプロジェクトを任せてもらえなくなってしまったのです。

今回の鈴木さんの場合は、伝えてしまった当時の上司にも責任があります。しかし、このようなケースは少なくはありません。上司としてもレポート義務や、誰かに相談してしまうこともあります。退職活動を途中で取りやめた場合、人間関係上のリスクはとても大きいと考えて間違いありません。

似た境遇の成功事例を参考に今回は、退職活動にまつわる、同じような経験と希望を持つ2人の事例を紹介しました。
転職活動で岐路に立っている人たちは、どのようなポイントでどんな選択すればいいか、それぞれにどのようなリスクと結果が待っているか分からないまま、立ち止まってしまいがちです。

鈴木さんが再度、転職活動にチャレンジしたのは、筆者が高橋さんの話をお伝えしたことがきっかけでした。よく似た境遇の成功事例を聞いたことで、自身の行動の指針を得ることができたのです。皆さんも、自分とよく似た境遇の事例を参考に、後悔のない決断を心掛けましょう。

キャリアデベロプメントアソシエイツ株式会社
田島 康博